本書は2019年に発行されベストセラーとなった新書『ケーキの切れない非行少年たち』をコミカライズした作品です。
作品内では児童精神科医の宮口幸治氏が多くの非行少年をカウンセリングする中で気付いた彼らの抱える問題(認知機能の弱さ、発達障害、境界知能など)に焦点を当てています。
そして彼らにどう接するか、彼らをどうやって社会復帰へ導くか、一人一人と丁寧に向き合いながら実践的なメソッドを示しています。
可能であれば元の新書版も併せて読みたいところですが、漫画版も大枠は同じなので特に問題ありません。
むしろ漫画版は絵やセリフのおかげで話に没入しやすく、文章が苦手な人や時間の無い人でもスルスル読み進めることができます。
そういう意味で「活字はちょっと苦手で…」という人は漫画版だけでも是非一度手に取ってみてください。
Contents
漫画 ケーキの切れない非行少年たち 1巻のあらすじ ※ネタバレ有り
精神科医の六麦克彦先生(38)は知的障害やその疑いがある非行少年が収容される要鹿之原少年院に勤務している。
第一巻(1話~5話)では六麦先生が2人の非行少年と向き合う。
1話~4話 田町雪人(20) 殺人罪
話は田町雪人という少年が殺人で逮捕されたというニュースが流れるところから始まる。
実は彼は16歳のとき一度少年院に入っており、その時点で六麦先生が診ていた少年だった。
彼の生い立ちは悲惨なものだった。両親は雪人が5歳の時に離婚。
家計は常に厳しかったため雪人は6歳の頃から万引きをするようになっていた。
母親は精神が不安なため精神科に通院し薬に頼る日々を送っていた。
最終的に雪人は少年鑑別所に入所するが、その時のIQ(知能指数)は68、軽度知的障害だった。
六麦先生は雪人とのカウンセリングで色々なことをやらせてみるが、雪人は基本的な算数が解けないどころか、ケーキを三等分できない非行少年だった。
そんな知的にハンディのある田町雪人だったが、少年院での教育を通じて少しづつ心を開いていくようになった。
そして11カ月が経過。成長した雪人は最終的に模範的優等生にまでなり、少年院を出所していった。
しかし、世間は彼に優しくなかった。
雪人は出所後に建築会社に入るが、知的ハンディのせいで健常者のように上手く仕事をこなすことが出来ずカッとなり会社をクビに。
どこの職場にも馴染めず仕事を転々とする日々が続いた。
そんなある日、雪人は久々に会った先輩から自分にでも出来る仕事を紹介され、それを引き受ける。
しかしその仕事とは振り込め詐欺の現金の受け子だった。
さらに雪人は現金受け渡しの際にヘマをしてしまい、先輩から100万を建て替えるように脅されしまう。
追いつめられた雪人は当時付き合っていた彼女から金を借り一時的には窮地を脱した。
しかしその後、先輩は蒸発。
彼女から返済催促のこともあり雪人はどんどん精神的に追い詰められてしいった。
そして最後は衝動的に彼女を石で殴って殺害してしまう。
裁判で彼は「障害だからといって罪を軽くしてもらわないでいいです」と言い懲役13年が下された。
田町雪人(20)編の感想
一話目からかなり重いです。
本来であれば何らかの支援が必要な弱者がそれを受けられず、周囲からも理解されず、悪い大人たちにいいように利用され最後は破滅するというのは本当に救いがありません。
しかもそれをこうして漫画にしてストーリー仕立てで見せられると、こっちの精神がすり減ります。
雪人の最後に言った「障害だからといって罪を軽くしてもらわないでいいです」という言葉からはいろいと考えさせられます。
- 障害者として扱われることへの劣等感
- 自分を健常者と同じように見てほしい渇望
- もう何もかも嫌になって自暴自棄になった末に出た本音
その真意は分かりません。
しかし六麦先生の「田町雪人にとっては少年院よりもこの社会の方が生きにくすぎたのかもしれない」という言葉は本当にその通りで、心にズッシリきます。
そして「我々は我々のできることを頑張るしかない」という六麦先生の姿にはただただ敬服するばかりです。
エンタメ作品のようなカタルシスが無ければハッピーエンドも無い、非行少年たちを取り巻く厳しい現実はとても考えさせられます。
5話~ 門倉恭子(15) 傷害罪
門倉恭子は15歳にして妊娠8カ月目だった。父親は不明。
家は母と弟の3人暮らしの母子家庭。
彼女は中学で教師に生活態度を注意されたことに腹を立て暴行。
その教師は重症を負い門倉恭子は傷害罪で逮捕。
・・・というところで1巻は終わります。
- 出産はどうなるのか?
- 恭子と母親の関係はどういうものだったのか?
- 出所後、境界知能の恭子は赤子を無事育てていくことができるのか?
などなど・・・
気になる点は山積みで早く続きが読みたい限りです。
『ケーキの切れない非行少年たち』漫画版のココが凄い!
ケーキの切れない非行少年たち、というセンス抜群のタイトル
本書の画期性はタイトルに発達障害や境界知能といったムズカシイ漢字は一切使わず、ケーキの切れない非行少年たちというキャッチ―な言葉を採用した点にあると思います。
書店に寄れば社会問題を提起する本は山のようにありますが、どんなに素晴らしい内容でも手にとって読まれなければ存在しないも同然。
仮に本書が「非行少年たちの発達障害、認知機能問題、境界知能 : 社会的背景と心理的特性の分析」のような学術書じみたタイトルだったらほとんど売れなかったでしょう。
ケーキの切れない非行少年たちという、それこそ小学生でも分かるタイトルはマーケティング的に大正解でした。
たまたま本書を目にした人で「え?どういうこと?」と気になって手にとった方は多いんじゃないでしょうか。
帯にある三等分されたケーキの図も素晴らしく、思わず興味を引きます。
かくいう自分も書店でこのケーキの絵を見て「んなアホな・・・」と思いながら立ち読みしたのが本書との出会いです。
結果的にこのキャッチ―なタイトルと帯がネットでも話題を呼び、本書はここまで広く認知されることになりました。
※ ちなみに、新書でいえば過去に養老孟司の『バカの壁』が450万部の大ベストセラーになりました。
個人的にはあれも「バカ」という強くてストレートな言葉をタイトルに入れて人目に止まるようにしたからこそ、あそこまで売れたのだと勝手に思っています。
自分の記憶が正しければそれまで新潮はあんな俗っぽいタイトルの親書を出したことはなかったので、それも相まって大ヒットしたのではないでしょうか。
本書は出版不況の昨今において、書籍におけるタイトルと帯のインパクトの重要性を改めて教えてくれる一冊でした。
漫画化することでケーキの切れない非行少年にも届くようになった
漫画化された本作を見て自分が最も唸ったところは、難解(といってもかなり平易な文章ですが)な本書をコミカライズして読書ハードルを一気に下げた点でした。
これによって本書は活字を読む習慣が無い人々…まさに本書内で扱っているようなケーキの切れない非行少年たちにまでリーチすることができるようになりました。
新書版『ケーキの切れない非行少年たち』では数多くの非行少年の実例とその背景、社会復帰までについて事細かに記しています。
それ自体は大変素晴らしいと思います。
しかし皮肉なことに活字媒体ではケーキを三等分できない子どもたちに興味を持ってもらい、手に取ってレジまで運んでもらうのは至難の業です。
これは福祉支援が必要な人が知的に難があるため支援団体の存在を認知できなかったり、手続きの煩雑さから行政支援を受けられない問題と酷似しています。
この問題を日本人にとって馴染みやすい漫画という媒体を使うことで解消したのは本当に凄い。脱帽です。
本書が新書版で発行されたのは2019年の7月12日。そして漫画の連載が始まったのが2020年6月12日
そう、新書発行から漫画化まで1年と経っていません。
本作はそのキャッチ―なタイトルから注目を集め爆発的に売れたので、コミカライズの話もかなり早い段階で来ていたことは容易に想像できます。
しかしそれにしても動きが早い。
もしかしたら著者の宮口幸治氏はかなり早い段階で漫画化も視野に入れて本作を執筆していたのかもしれません。
Amazonの評価を見ると以下のようなレビューがあります。
まるこ ★★★★★
自身も知能指数が53。これらを工夫カバーしてます。2022年7月13日に日本でレビュー済み
率直に、とても考えさせられました。
とても読みやすいです。私自身、大人になってからの、
知能指数の結果が53です。世の中、社会の在り方に
疑問を持たず生きれる人が、
素直に羨ましいです。仕事には、一般職でシビアでも、
何ら支障を来すことなく、
恵まれすぎているほどです。自身の経験でしか寄り添えずとも、
彼らの気持ちに、
寄り添いたいと思いました。若い子たちを受け入れる社会、世の中では
今も昔もないのが現状です。入院歴もありますが、
寄り添ってくれるどころか、
他の患者さんを人として見てくれてるのかと
いたたまれなくなり、差し出がましくも、
声かけしてしまいます。精神科、心療内科の通院歴も、
20年になりますが、
薬物治療がメインなのが現状、現実。自身も、周りとの違和感や差分に気付く事も出来ませんでした。
やはり学校生活に馴染めず、
中学生の頃には、不登校気味でした。
タバコと、お酒少しだけでした。
友人たちの覚醒剤を止めることは、
できませんでした。
結果、その子たちは、
新聞に少女Aと載っていました。
友人たちシンナーは、目が血走っていても、
隠し止めていました。実際、学校も、
授業を受けてなくとも、
何故かテストが、
80点超えていたこともありました。
それでも通知表は、斜線か※米印。世の中は、
混沌で理不尽で不条理。意味合いはあれど、
定義すらない。
そのように思ってしまっていて今もです。知的障害があるゆえに、
知的好奇心があり、読みました。
初めて、感情移入か一部、
涙しました。知的障害や非行の背景が必ずあり、
彼らの理由を聞くことない社会、世の中。現在40歳前後ですが、
はなから理解を求めていません。
人が人を本当に理解することは、不可能。現在は、仕事の傍ら本格的なカウンセラーの資格を取得したく先日から始めました。
私たち、大人が子どもたちと向き合うことが、如何に必要か。課題です。
74人のお客様がこれが役に立ったと考えています
このレビューはお世辞にも上手とはいえません。
そもそも文章として論理構造はメチャクチャで何が言いたいかも不明瞭。
しかしこのレビューは70人以上のユーザーから高評価を得ています。
この漫画のお陰でどれだけ多くの人が自分の病識を自覚できるようになり、言葉にできないモヤモヤ・生きづらさを客観視できるようになったことか。
難しい活字本を漫画にすることで敷居を下げて本当に必要な人に届けるというのは、口で言うだけなら簡単ですが実現するとなると中々難しいもの。
それを実際にやってのけたという意味で、この漫画が果たした社会的意義はとても大きいといえます。
ケーキの切れない非行少年たち 1巻のちょっと残念な点
本作が知的障害者でも健常者でもない、境界知能の少年少女にスポットを当て、その存在を世に知らしめた功績はとても大きいでしょう。
しかし唯一不満点として、本作は漫画として見たときにエンタメ成分がちょっと物足りないという点があります。
例えるなら薄味の病院食。
本作に登場する非行少年たちはみなのっぺりとした幼い顔立ちで、どこか私たち普通の人とは異なる印象を与えます。
それ自体は問題ないのですが、著者の宮口幸治氏も非行少年たちと同じように淡々としており、それが読者の感情移入を若干難しくしているようにも感じました。
児童精神科医という氏の立場を考えればそうなるのもある程度納得はできますが、もう少し何とかならなかったのかな~とは思います。
本書はジャンルとしては社会派漫画に分類されます。
そのためジェットコースターのような読者をハラハラドキドキさせる展開は必要ありませんが、新書の内容をなぞるのに注力しすぎているようにも感じました。
社会的弱者の生きづらさ、彼らが抱える孤独や辛さ、焦燥感、慟哭あたりについては『闇金ウシジマくん』なんかと比べるとどうしても見劣りしてしまいます。
というか個人的には闇金ウシジマくんの作者である真鍋昌平氏が本作を書けば完璧だったんじゃないかと思ってしまいます。
実際、真鍋昌平氏はウシジマくん連載終了後に始めた弁護士漫画『九条の大罪』で知的に難のある人々を書いているので、もしかしたらそういう世界線もあったかもしれません。
漫画版 ケーキを切れない非行少年たち 1巻まとめ
バカの壁で一躍時の人となった養老孟司は本書に対する推薦文で「教育関係者は全員読んだほうがいい」と書いています。
しかし個人的には本書は現在の息苦しく辛い日本社会において誰もが読むべき必読書だと思います。
- やればできる、できないのは努力してないだけ
- 環境に文句を言うな、まずは自分を変えろ
等々、現代の日本社会は努力至上主義や自己責任論がこれでもかというほど蔓延しています。
しかし本書はそういった一見するともっともらしい常識・正論がどれだけ空虚で、そのせいでどれだけ多くの人が追いつめられているかを明らかにしています。
私たち健常者の無知と無理解がケーキの切れない少年少女たちにプレッシャーをかけ、彼らを非行・犯罪に走らせている面があるのは間違いないでしょう。
一人でも多くの方が本書を読み、己の中の無知・無理解と向き合い、人に優しく接することができるようになる社会が来ることを願うばかりです。
新書版は文字だらけでハードルが高いですが、漫画版はとても読みやすいので未読の方はぜひ一度手にとってみてください。
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